2014年 01月 26日
止められない想い
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「RAWからの現像」、ああなんて甘美な言葉であろう。
ちょっといいカメラでRAWで撮影、家に帰って最近のよくできた現像ソフトを立ち上げると、可能性は無限だ。
パラメータをぐいっといじればあら不思議、現場では見えなかった色が、ディテールが、浮かび上がってくる。

撮影とは別の興奮。
もう少し色を鮮やかにして、もう少しコントラストをつけて、もう少しシャープネスを強くして、おっとノイズが出てきたからノイズを消さないと...
はっと気づくと最初の写真からは遠くかけ離れた「お絵描き」になってしまっている。
止めどころがない。
こうなると撮影は「素材収集」だ。
現場で「これはトリミングしてこう現像すればもっとよくなる」って考えている自分がいる。

なんかに似てるなあって... 最近の音楽製作とほとんど同じ気がしてきた。
DAWを使えば録ったあとの加工は自由自在、ピッチもテンポもどうにだってなる。
お金と時間のかかる録音はさっと済まして、あとは自宅のPC+DAWで。
「大丈夫でーす、あとで直しておきまーす」は、夜更かしが原因の肌荒れをレタッチするだけじゃなく、伸び切らなかった高音を直すことだってできるのだ。
あれこれフィルターを当てて、コンプをかけて音圧を詰め込み、パッと聞きは派手で迫力のある究極の「ドンシャリサウンド」ができあがる。
地味な音はもう受けない、どころか、許されないのだ。

とここまで書いてこのハナシ、ゴールはどこにもない。
僕はこれからも写真を続ける限りRAW現像を必ずするし、その限りきっと派手で見栄えのいい仕上がりを目指し続けると思う。
いわゆる「撮って出し」の方が偉いなんてちっとも思わないし、逆に可能性の放棄であるとすら思う。

...なんて小難しいことを口に出すでもなくぶつぶつと考えながら、ずっとPCの前であーでもないこーでもないとLightroomと格闘して
やっと現像した写真を翌日もう一度見たときと、夜中書いたラブレターを翌朝真っ赤な顔をしながらビリビリ破り捨てざるを得なかった
あの思い出は、まったく同じだな、と。

by alfa_driver1972 | 2014-01-26 23:37 | foto+diary | Comments(2)
Commented by acatsuki-studio at 2014-01-27 16:51 x
今まさに、私はレコーディングという過程を経たミックスダウンという段階の処理を、DAWと格闘しながら行っております。

DAWという道具の普及で、音に対する化粧直しのハードルが下がったことは事実ですが、やはり「素材」のグレードだけはどうにもなりません。撮って出しならぬ録って出しの状態でどこまで到達できているかは、やはり出来上がりの違いに大きく影響します。

可能性の放棄はもちろんしたくありませんが、録音芸術と録音加工品の差はあまりに危うい線上にあり、つねに「やりすぎ=夜中に書いたラブレター」との戦いは写真でもレコーディングでもまったく同じですね。
Commented by alfa_driver1972 at 2014-01-27 17:53
>acatsukiさん
ごぶさたしてます。
ちょっと趣旨がずれそうだったので今回はあえて書きませんでしたが、素材のクオリティがなにより大切なのは写真もまったく同じです。
撮影で失敗したものを、いくら現像やレタッチでごまかしてもいい写真にはなりませんね。
まずは現場で最善の努力をすること、肝に銘ずることだと思います。

写真の現像・レタッチは、マスタリングの領域に近いかもしれません。
色味の調整(EQ)、ダイナミックレンジ調整(コンプ)、リサイズ(ダウンコンバート)などなど。
紙焼き(メディア)が減ってネット上で完結することが多くなってきているのも共通してますね。
録音芸術と録音加工品というのもまさになるほどで、HDR(HighDinamicRange)風の派手な写真というのは、ぱっと見すごく目を引くんですよね。
それが芸術的であるかはさておき...

幸いまだ趣味の領域なので、自分が納得できるやり方で楽しめればなあって思います。

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