2014年 01月 14日
My first ITM, ITM's last 747
なぜ伊丹だったのか、なぜ伊丹に行かなくてはならなかったのか。

・大阪国際空港、通称「伊丹」は大阪の街なかに位置する空港。とても便利な立地である反面、ずっと騒音に悩まされていた。
 それらの問題から2006年以降エンジンが3発以上付いた飛行機の乗り入れが原則禁止されることとなり、4発のエンジンを持つ
 ボーイング747「ジャンボ」の姿も見られなくなった。
 (ちなみに昔は羽田-伊丹便といえばジャンボが当たり前、な時期もありました)

・そしてそのジャンボ自体、その大きすぎる輸送力やエンジンが4つあることによる経済性の悪さから世界的に退役が進み、
 JALでは2011年に完全退役、ANAも現在2機を残すのみとなっていて、その2機も今年の3月末を持ってリタイアの予定。
 日本の航空会社からもうすぐジャンボがいなくなります(貨物型除く)。

・伊丹でジャンボを見る機会はもうないなと、飛行機ファン誰もが思っていた矢先、急に降って湧いた
 「ANAジャンボ、伊丹への里帰りフライト」の情報。
 おそらくこれが最後の機会、これを見逃せば伊丹でANAのジャンボを見る機会はない。

土曜日の朝、MiTo号に乗り込む男二人。
片道500km、伊丹への旅。
ジャンボに会いに行く旅。

伊丹に撮影で訪れるのははじめて。
大阪に着いたのは土曜日の夕方、そこからさっと下見を兼ねての撮影。
千里川から間近に見える飛行機、滑走路に感嘆の声を上げながら、あちこちで「遠征組」の姿を見かけます。
明日はどこで撮ります? なるほどあそこもいいですね... などと情報交換をしながら
「明日、楽しみですね」
この日は大阪の夜をぐっと我慢して、明朝のお出迎えに備えます。

明けて、いや正確にはまだ明けきっていない日曜日、朝5時30分。
これでもかってくらい防寒をしてロビーに降ります。
確実に寝不足なのに眠たくない、すごく寒いのに(この日の大阪の朝は氷点下でした)寒くない、不思議な朝。
MiTo号を千里川へと走らせます。

ジャンボが伊丹に着くのは7:20の予定。
最初は真っ暗だった空が東から赤くなり、そして夜明け。
着陸まであと10分、そろそろ... 見えた!
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「おかえりなさい」
たくさんの人人人、レンズレンズレンズに迎えられて、無事伊丹にジャンボが帰ってきました。

ここからジャンボはいろいろなセレモニーのもちろん主役。
僕たちが次に狙うのは遊覧飛行(空港周辺のお客様をご招待)の離陸と着陸。
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ターミナルを離れ、遊覧飛行に向かうジャンボ。
展望デッキにはあふれんばかりの人、見えますか?

そして静かな力強い離陸、街なかにある伊丹っぽい写真が撮れました。
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慌ただしく場所を移動して、次に狙うのは着陸。
この日ジャンボは富士山から東京のスカイツリーまでグルっとお散歩してきたそうです。
そしてお出迎えの瞬間。
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夕方4時20分、すこし色づいてきた陽の中にランディング。
手を伸ばせば届きそうな距離の着陸、美しかった。
そしてウォーターキャノンで歓迎。
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これでこの日のイベントはすべておしまい。
だけど僕たちにはもうワンチャンス、羽田に戻るときのお見送り。
夜が明ける前にいた千里川、今度は夜が訪れたあと。
これで正真正銘最後の伊丹からの離陸、ジャンボが静かにランウェイエンドにやってきました。
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生駒山に向きを変えて、そのままそっと静かに、ちょっとだけエンジンを吹かして。
走り始めたことに気がつかないくらい音も立てず、ジャンボは伊丹から飛び立って行きました。
そのあと翼を右に左に「バイバイ」と降ってくれたらしいのですが、ここからはそれを確認することはできませんでした。
放心状態でよく見えなかった、とも...

はじめての伊丹、ジャンボにとっては最後の伊丹。
とても印象深い、間違いなく記憶に残る、真冬の一日でした。

# by alfa_driver1972 | 2014-01-14 23:43 | Come fly with me | Comments(12)
2013年 12月 31日
Looking Back at 2013
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こう見えて、一つのモノを使い続けると長い方だ。
上の名刺入れは母親から成人のお祝いにもらったもので、その直後に社会人になってから20年以上愛用している。
バーバリーのロゴは薄れて形も少し崩れているけど(名刺整理が下手なせいもある)致命的なほころびもなく、この先あと何年続くかは
わからないけど、社会人をやっている間は活躍してくれるだろう。

下のシャーペンは、これは2本目なのだけれど、中学2年の時からこればかり使っている。
最初は製図用だとは知らず、だたその無骨でスリムなデザインに惹かれて使い始めた。
その後機械系の学校に進み、製図セットの中にこれの0.3mmと0.7mmが入っていてはじめて製図用だと知った。
0.5mmは製図では使わなかったのでもっぱら普段使いで、授業中のノートも(あまり取ってなかったけど)徹夜のテスト勉強も
すべてこれ一本でこなした。
学校を卒業後、就職して同じものを買い直した記憶があるから、これ自体20年以上は使っていると思う。
今でもメモ帳の脇にはこれを挿している。

「ぺんてる グラフレット」、ちなみに今も当時と変わらない1本500円で売っていて、まだ同じものが買えるという安心感も
使い続けられる理由の一つ。
慣れきってしまった書き味から、他のシャーペンに変える理由ももちろんないのだけれど。

うん? つったってカメラとかクルマとかけっこう買い換えてるじゃないか、と言われると痛いところなのだけど、ひとつ言い訳すると、
カメラは小学生のときからペンタックス一筋だし、クルマも15年以上ずっとアルファロメオだ。
そうそう、今も家の中にでんと鎮座している1本30kgもあるヤマハのスピーカー、こいつだってもう30年選手。
こう見えて... だと自分では思っているんだけど、いかがでしょう。

おそらく、性分としては変化より継続を好む方なんだと思う。
いや、継続には努力が必要でその努力なんてしてないから惰性?
それだとずっと付き合ってくれてるモノに失礼だな。
ともかく、コレと思ったものとは長く付き合いたい、というか変えたくないのである。
変えるのが面倒くさいというのももちろんあるけど...
その代わり、モノを選ぶときにはかなり慎重に、相当に惚れ込んでからにしているようにしている。
だからこそ長く付き合えるのだ。

この" Looking back... " も2005年に書き始めてから9回目のエントリーとなる。
言い換えるとこのブログを開始して9年がたったということだ。
よく続いているな... と言いたいところだけど、見ての通りここ最近は更新もなく、まさに継続の努力を怠っている状態。
やはりSNSの影響が大きくて、僕も日常のアレコレを記すのは完全にFacebookに移行してしまった。
写真だって大きいサイズで見てもらうことができる。
ブログの必要性がすっかりなくなってしまったのは事実だ。

というわけでこのブログは閉鎖します。
...なんて踏ん切りもいつまでたってもつかないので、2014年もこのままの放置プレーが続いてしまうと思います。
どこかみっともない感じがしなくもないのだけれど、自分の一つの時代とネットの時流のアーカイブであればいいかなと。
割りきってこのままにしておこうと思います。

2013年最後の一日に、"foto+ing"を振り返ってみました。
みなさま、良い新年をお迎えください。

追伸
たまに書きたくなったりしたときは、こそっと更新することもあると思います。
ほんと中途半端でかっこわるいのですが、今後ともよろしくおねがいします。

# by alfa_driver1972 | 2013-12-31 19:25 | foto+diary | Comments(8)
2013年 07月 19日
記録/記憶
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アサヒカメラの連載『タカの実験室 写真は記憶を写せるか(鷹野隆大)』を興味深く読んでいる。
まだ連載は続いているのだけど、筆者は早々に「記憶と写真は別物だ」という結論を導き出している。
これには僕も同感で、写真は、というより、視覚は、記憶を導かないというのが僕の昔からの持論。
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アルバムの中の子どものころの写真を見てみる。
物心ついてないときのものはさておき、記憶が残っているはずの中学生のときの写真。
3年間通った中学校の正門の前、びっくりするくらい若い母とブカブカの制服を着た丸坊主の僕。
写しこんだ日付から、それが入学式のときの写真だということはわかる。
だけど、写ってないまわりの光景や、このときいったいどんな気持ちだったのか、暑かったのか寒かったのか、これがさっぱり思い出せない。
(僕の記憶力が悪いだけなのかもしれないけど)
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対して、当時聴いていた音楽を今聴いてみる。
夏の入り口の頃に聴いていたもの。
歯切れのいいゲートリバーブのドラムサウンド(フィル・コリンズだ)、やたらカンカンいってるシンセの音(ホイットニー・ヒューストンの
「すてきな Somebody」)。
その音を耳にした瞬間、肌にまとわりつく「中学生の夏」を思い出すことができる。

雨がアスファルトを濡らす匂い、花火の煙の匂い。
境内から聞こえる夏祭りの鐘の音、開け放った窓から聞こえてくる蛙の鳴き声。
嗅覚、聴覚からの不意打ちのトリガーは、当時の情景をさまざまと心のなかに浮かび上がらせてくる。
こちらのほうがより「記憶」に近い、と思うのだ。
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写真を見た時に感じる懐かしさ、それだって立派な記憶なんだと思う。
だけどそれは、どこか表面的な記憶、どちらかというと「記録」に近いのではないかと考える。
視覚以外のものから呼び起こされる、もっと生々しく、思わずあっと声を出してしまいたくなるあの感覚とはあきらかに異なる。
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今回並べた写真は、はじめて買ったデジタル一眼カメラの記念すべきファーストショットだったり、昔の旅行や帰省のときの
写真をフィルムスキャンしたものなど、どれもかなり時間の経っているものばかり。
保存された日付を見れば「ああ、あのとき」というのはわかる。
だけどなんだろう、その写真を見ても心を揺さぶられるものがないのだ(写真がイマイチなんだろうというのはさておき)。
それはこのブログ(もう8年続いているんだなあ)の昔の写真を見なおしてみてもしかり。
キャプションとともに当時を思い出すことはできても、懐かしさというものはあまりない気がする。
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写真はあまりに断片的、瞬間的に鮮明すぎるのかもしれない。
音や匂いはもっとあいまいで連続的だ。
あいまいな分、想像という力が当時の記憶を呼び起こしている(しばしば美化とともに)のかもしれない。

記憶の定義がそもそも違うのかもしれないけど、写真は(視覚は)、その他感覚が呼び起こすことのできる種類の記憶は
持ちあわせていない。
僕の結論はやはり「写真は記憶を写せない」、ということになる。

写真ってなんなんだろう、撮影という行為とはなんなんだろう。
記憶は歳とともに増えていき、かえってその疑問は深まる一方なのだ。

# by alfa_driver1972 | 2013-07-19 23:31 | foto+diary | Comments(13)